口裂け女はどこから生まれた?|1979年の新聞記録と全国に広がった噂の正体

1979年、日本中の子どもたちを震え上がらせた、ひとつの噂があった。

「私、きれい?」

マスクをつけた見知らぬ女性にそう尋ねられる。きれいだと答えると、女性はマスクを外し、耳元まで裂けた口を見せる。そして、もう一度問いかける。

「これでも?」

口裂け女。その名前は、今も日本の都市伝説を代表する存在として知られている。

しかし、現在おなじみの姿は、最初から完成していたわけではない。鎌を持つ女、驚くほど速く走る女、ポマードを嫌う女。語られる場所によって、その特徴は少しずつ異なっていた。

では、この噂はどこで生まれ、どうして全国に広まったのだろうか。手がかりとなるのは、1979年の新聞と各地に残された伝承の記録である。

目次

口裂け女とは?全国に広まった都市伝説

口裂け女といえば、長い髪に大きなマスク、赤いコートを思い浮かべる人も多いだろう。

道端で子どもに容姿を尋ね、返答によっては襲いかかる。逃げようとしても、普通の人間とは思えない速さで追いかけてくる。そんな恐ろしい存在として知られている。

ところが、各地に残された話を比べてみると、意外なことが分かる。

マスクや赤いコートが登場しない話もあれば、若い女性ではなく、高齢の女性として語られる例もある。口裂け女には、誰もが知る決まった姿があるようで、実はそうではないのだ。

ハート
えっ、口裂け女って、どこでも同じ姿じゃなかったの?
ダイヤ
そうなんだ。今ではおなじみの特徴も、地域や語り手によって違っていたんだよ。

口裂け女は、ひとつの完成された物語が全国に伝わったというより、人から人へと語られる中でさまざまな姿を持つようになった都市伝説なのである。

発祥は岐阜県?最初期の噂をたどる

では、口裂け女の噂はどこから始まったのだろうか。

その起点として、たびたび名前が挙がるのが岐阜県である。

民俗学者の飯倉義之氏が紹介しているのは、1978年の暮れごろ、岐阜県八百津町周辺で語られていたという話だ。

ある農家の高齢女性が、庭の隅に立つ奇妙な女を目撃した。その女は、口が裂けていたという。

現在の口裂け女を知っていると、少し意外に感じるかもしれない。マスクを外して「これでも?」と問いかける場面も、恐ろしい速さで追いかけてくる展開も、この目撃談の中心にはない。ただ、口の裂けた女が現れたという短い噂だった。

もちろん、これがすべての始まりだったと断定できるわけではない。岐阜県内には岐阜市や美濃加茂市などを発祥地とする説もある。

八百津町の話は重要な手がかりだが、最初の一人がいつ、どこで語り始めたのかは分かっていない。

それでも、翌1979年の初めには、口裂け女の噂がすでに人々の間で話題になっていたことを示す記録が残されている。

1979年の新聞に残された記録

1979年1月26日。

『岐阜日日新聞』朝刊1面の「編集余記」に、口裂け女に関する記述があった。国立国会図書館が所蔵するマイクロフィルムを調べ、掲載日と掲載箇所を確認した記録が公開されている。

この時点で、口裂け女の噂は新聞の編集後記で取り上げられるほど知られていたことになる。

そして約5か月後の6月15日。同紙夕刊に「岐阜で生まれた口裂け女 騒ぎやっと下火へ」という記事が掲載された。岐阜県図書館は実際の紙面を確認し、想像図が載っていることも確かめている。

岐阜県図書館の調査では、記事索引にあった「6月16日」の日付が誤りで、正しくは15日だったことも判明した。古い噂を追う際には、後年の引用や索引だけでなく紙面の確認が重要だと分かる。

ハート
そんなに短い間に広まって、落ち着いていったんだね!
ダイヤ
うん。ただし、新聞に載ったのは噂が広まっていた証拠であって、口裂け女が実在した証拠ではないんだ。

では、インターネットもSNSも存在しなかった時代に、なぜこの噂は全国へ広がることができたのだろうか。

全国に広まった理由は?子どもたちと学習塾

ひとつの鍵として指摘されているのが、当時の子どもたちの生活である。

民俗学者の飯倉氏は、学習塾が噂の伝達経路になった可能性に注目している。塾には異なる小学校の子どもたちが集まる。学校で聞いた話を塾で伝え、別の学校の子どもがそれを持ち帰る。噂は学区の境界を越えて広がっていったという。

親戚との電話や新聞・テレビの報道なども、情報を運ぶ役割を果たしたと考えられる。

さらに興味深いのは、口裂け女の物語が子どもたちの日常の不安と結びついていた、という見方だ。

夕方から夜にかけて塾へ通い、暗くなった道を帰る。そこで見知らぬ大人に声をかけられたら――。口裂け女の問いかけは、そんな現実の不安と重なっていたのかもしれない。

ハート
ただの怖い話じゃなくて、本当に帰り道で会うかもしれないと思っていたんだね。
ダイヤ
そうだね。噂が現実の危険として受け止められたことも、流行の大きな特徴なんだ。

噂を恐れて学校や保護者が警戒し、集団下校などの対応を取った例もあったとされる。口裂け女は、単なる怪談の登場人物を超えて、子どもたちの行動にも影響する存在になっていた。

ポマードとべっこう飴|なぜ弱点まで違うのか

口裂け女に遭遇したら、どうすれば逃げられるのか。

その問いにも、地域によって異なる答えが用意されていた。

よく知られるのは「ポマード」と唱える方法と、べっこう飴を渡す方法だ。国際日本文化研究センターの「怪異・妖怪伝承データベース」には、こうした対処法を含む伝承が収録されている。

一方、鶏の鳴きまねをすると逃げるという話や、鎌を持った女が現れるという話も記録されている。

なぜ、こんなにも設定が違うのだろうか。

口裂け女には、物語を決める唯一の原典がない。誰かが聞いた話を別の人へ伝えるたびに、細部が変わったり、新しい説明が付け加えられたりした可能性がある。

ハート
でも、どうしてポマードなの? 整髪料が弱点って不思議だよね。
ダイヤ
理由を説明する噂もあるけれど、どれが最初の由来なのかは分かっていないんだ。

ただし、伝承データベースの採集記録には、流行から時間が経ってから聞き取られたものもある。記録された時期と、その設定が生まれた時期は必ずしも同じではない。

各地の違いを読み解くには、「どこで語られたか」と同時に「いつ記録されたか」も確かめる必要がある。

整形手術の失敗説は本当なのか

口裂け女の正体として、よく語られる説明がある。

整形手術に失敗し、口が裂けてしまった女性だったという説だ。

口裂け女がなぜあのような顔になったのか。この説は、怪異の姿に分かりやすい理由を与えてくれる。

実際、整形手術にまつわる設定は、後年に採集された伝承にも登場する。しかし、それは「そのような噂が存在した」ことを示すものであり、モデルとなった実在の女性を証明するものではない。

今回参照した資料の範囲では、整形手術を受けた特定の女性が口裂け女の起源だったと裏付ける証拠は確認できなかった。

ハート
じゃあ、整形手術の失敗っていう話も、後から付け加えられた可能性があるの?
ダイヤ
その可能性はあるよ。でも、いつ生まれた説明なのか確定できない以上、後付けだとも断言できないんだ。

怪異の正体を語る説には、話としての説得力があっても、歴史的な裏付けがあるとは限らない。口裂け女の整形失敗説も、そうした区別が必要な例といえる。

口裂け女は実在した?記録から分かること

では、結局のところ口裂け女は実在したのだろうか。

今回参照した新聞や伝承の記録からは、怪異としての口裂け女が実在したと判断できる証拠は見つからなかった。

一方で、1979年に噂が新聞で取り上げられたこと、子どもたちの間で恐れられたこと、各地で異なる形の伝承が残されたことは、資料からたどることができる。

ハート
本当にいたかどうかは分からなくても、噂が広まったことは確かなんだね。
ダイヤ
そうなんだ。何が語られ、人々がどう受け止めたのかを調べることも、都市伝説を読み解く大切な方法だよ。

口裂け女を追うとき、探しているのは一人の女性の正体だけではない。ある噂が人々の不安と結びつき、社会に広がっていった過程でもあるのだ。

まとめ|口裂け女が今も語られる理由

1978年暮れごろの岐阜県内の噂は、口裂け女の起源を考えるうえで重要な手がかりとなる。そして1979年には、新聞に取り上げられるほどの全国的な流行へと発展した。

しかし、発祥地も最初の姿も、ひとつに確定できるわけではない。マスクや赤いコート、ポマード、べっこう飴といった特徴も、さまざまな形で語られてきた。

口裂け女が本当にいたかどうかは、今回の資料からは確認できない。それでも、噂がどのように広がり、人々の暮らしにどんな影響を与えたのかは調べられる。

誰かが語り、誰かが聞き、少しずつ姿を変えながら広がっていく。

口裂け女は、怪異そのものの恐ろしさだけでなく、噂が持つ力を今に伝える都市伝説なのかもしれない。

参考資料

[1] 国立国会図書館・レファレンス協同データベース「口裂け女の記事が『岐阜日日新聞』の1979年1月26日に掲載されているのか知りたい」

[2] 岐阜県図書館・レファレンス協同データベース「口裂け女の想像図が載った新聞記事」

[3] nippon.com「『口裂け女』から『きさらぎ駅』まで―都市伝説の変容から振り返る昭和・平成の日本社会」

[4] 国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」

[5] 国際日本文化研究センター「怪異・妖怪伝承データベース」(整形失敗説など)

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この記録の編纂者

Chronicle Reportの管理人、Jです。
古い怪談や奇妙な噂が、いつ、どこから語られ始めたのか気になって、資料をめくっています。
ここは、その調べものを収める書庫。
分かったことも、まだ分からないことも、4人の案内人と一緒に記録していきます。

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